得意なことを、安く売らない

得意なことを、安く売らない コラム

「ちょっとだけ手伝ってくれない?」と頼まれることがある。

文章を整えるとか、資料の見た目を直すとか、僕にとっては慣れた作業だ。

慣れているから、つい「いいよ、すぐできるし」と軽く引き受けてしまう。

でも最近、その「すぐできる」という感覚こそ、少し疑ってみたほうがいい気がしている。

「すぐできる」は、タダでできるという意味じゃない

得意なことは、自分にとって簡単に見える。

簡単に見えるから、価値がないもののように扱ってしまう。

けれど、それが三十分で終わるのは、その前に何十時間も練習してきたからだ。

失敗した回数や、調べものに使った夜も、全部その三十分の中に含まれている。

そう考えると、「すぐできる」は積み上げてきた時間の結果であって、タダで手に入ったものではない。

僕はこれに気づくまで、自分の得意なことを、かなり安く配っていたと思う。

相手が悪いわけではない。

値段をつけていなかったのは、僕のほうだった。

安く出すと、まわりもそれを安く覚える

一度「これくらいなら気軽に頼める」と思われると、その印象はなかなか変わらない。

人は、最初に見た値段を基準にして、そのあとを判断するからだ。

無料で引き受けたことは、次も無料で頼まれやすい。

急ぎで引き受けたことは、次も急ぎで頼まれやすい。

これは相手がずるいという話ではなく、ごく自然な学習の結果だと思う。

僕が自分の作業を「この程度のもの」として出せば、相手もそれを「この程度のもの」として受け取る。

逆に言えば、出し方を少し変えるだけで、受け取られ方も変わっていく。

値段というのは、お金の話だけではない。

どれくらいの時間をかけるか、どんな条件で引き受けるか、という扱いの全部が値段なのだと思う。

値段をつけるのは、お金だけの話じゃない

友人や知人からの頼みごとに、いきなり料金を言い出すのは、たしかに角が立つ。

だから僕は、お金以外の形で値段をつけるようにしている。

たとえば、引き受ける前に「今週は難しいから、来週の水曜でもいい?」と自分の都合を先に出す。

あるいは「ここまではやるけど、ここから先は自分でやってみて」と範囲を決めておく。

それだけでも、こちらの時間が無限ではないことは、ちゃんと相手に伝わる。

代わりに、何かを一つ教えてもらうという交換も悪くない。

僕が文章を直す代わりに、相手の得意な料理のコツを聞く、というような形だ。

お互いの得意なことを交換できれば、どちらも損をしていない感覚が残る。

貸し借りの帳尻が合っている関係は、長く続きやすい気がしている。

安売りしないことは、断ることとは違う

誤解されやすいけれど、得意なことを安く売らないというのは、冷たくなることではない。

本当に困っている人がいれば、僕は条件なしで手を貸すこともある。

大事なのは、それを「なんとなく」ではなく「自分で選んで」やることだと思う。

自分で選んで無料にしたなら、それは贈りものになる。

なんとなく無料にしてしまったなら、それは取りこぼしになる。

同じ作業でも、自分の中での意味がまったく違ってくる。

贈りものとして渡したものは、あとから振り返っても気分がいい。

取りこぼしたものは、少しずつ不満として溜まっていく。

その不満は、たいてい相手ではなく、自分に向かう。

「また引き受けてしまった」という小さな後悔を減らすだけでも、毎日はずいぶん軽くなると思う。

仕事でも、同じことが起きている

これは友人との間だけの話ではなく、仕事の場面でもよく起きていると思う。

「得意だから」という理由で、本来の担当ではない作業が少しずつ集まってくる。

表計算の関数を組める人、文章の言い回しを整えられる人、機械の設定に強い人。

そういう人のところには、名前のつかない小さな頼みごとが、毎日のように届く。

一つ一つは五分や十分で終わるから、断る理由も見つけにくい。

けれど、それが一日に五件あれば、一時間近くが自分の予定から消えている計算になる。

しかも、その時間は誰の評価表にも載らないことが多い。

本人は忙しいのに、何をしていたのかは周りから見えない。

これが続くと、得意なことが、いつの間にか自分の足を引っぱるものに変わってしまう。

だから僕は、頼まれたことを一週間だけメモしてみるのをすすめたい。

どんな作業に、どれくらい時間を使ったのかが見えるだけで、引き受け方を見直すきっかけになる気がする。

場合によっては、やり方を一度まとめて共有し、次からは相手が自分でできるようにするのも一つの手だと思う。

自分の値段を、一度だけ書き出してみる

じゃあ、どうすれば自分の得意なことに適正な値段をつけられるのか。

僕がやってみて悪くなかったのは、得意なことを三つだけ紙に書き出す方法だ。

そして、それぞれについて「これを身につけるのに、どれくらい時間を使ったか」を横に書く。

ざっくりでいい。

半年なのか、三年なのか、それくらいの粒度で十分だと思う。

書き出してみると、思っていたよりずっと長い時間をかけていたことに驚くかもしれない。

その数字を眺めていると、「これを気軽に配るのは、もったいないな」という気持ちが自然に湧いてくる。

無理に高く見積もる必要はない。

ただ、ゼロではないという事実を、自分で一度確認しておくことに意味がある。

次に何かを頼まれたとき、その紙のことを少しだけ思い出せれば、それで十分だ。

引き受けるにしても断るにしても、自分の時間に値段がついていることを知っていれば、判断はぶれにくくなる。

得意なことは、自分が思っているより価値がある。

それを安く手放さないことは、自分を大事にすることでもあるし、結果的に相手を大事にすることにもつながる気がしている。

今日、誰かに何かを頼まれたら、すぐに「いいよ」と言う前に、一呼吸だけ置いてみるのも悪くないと思う。

――一ノ瀬 雅

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