一日の始まりは、たいてい決まっている。
起きる時刻はアラームが決めてくれるし、仕事や予定の開始時刻も、だいたい誰かが決めてくれる。
でも、一日の終わりを決めてくれる人はいない。
夜は、放っておくといくらでも延びる。
動画をもう一本、記事をもう一つ、タイムラインをもう少しだけ。
気づくと日付が変わっていて、明日の朝の自分が少しずつ削られていく。
だから僕は、夜の終わりを先に決めておくのがいいと思っている。
夜が延びるのは、意志が弱いからではない
夜更かしをすると、つい自分の意志の弱さのせいにしたくなる。
でも、たぶん問題はそこではない気がする。
終わりの時刻が決まっていない時間は、どこで切り上げても「まだいける」と感じてしまう。
区切りがないから、やめる理由が見つからないだけだ。
会議でも、終了時刻が決まっていないものほどだらだら続く。
夜も同じで、終わりが決まっていないから延びていく。
意志の問題というより、設計の問題なんだと思う。
設計の問題なら、気合いではなく仕組みで直せる。
そう考えると、少し気が楽になる。
寝る時刻は、明日の朝から逆算する
夜の終わりを決めるとき、僕は今夜の気分ではなく、明日の朝から考えるようにしている。
明日は何時に起きたいのか。
起きたとき、どれくらい頭がはっきりしていてほしいのか。
そこから必要な睡眠時間を引くと、寝る時刻は自然に出てくる。
たとえば七時に起きて、七時間は眠りたいなら、零時には布団に入っていたい。
布団に入ってから眠るまでの時間も考えると、画面を閉じるのはその少し前になる。
こうして逆算すると、夜に使える時間は思っていたより短いことがわかる。
短いとわかれば、何に使うかを選ぶようになる。
なんとなく眺めていた時間が、急にもったいなく見えてくるのは悪くない変化だと思う。
夜の一時間と、朝の一時間は同じ値段ではない
時計の上では、夜の一時間も朝の一時間も同じ六十分だ。
でも、その中身はずいぶん違う。
夜の遅い時間は、疲れていて判断も鈍い。
同じ動画を見ても内容はあまり残らないし、考えごとをしても悪い方に転がりやすい。
一方で、よく眠った翌朝の一時間は、集中しやすく、決めごとも速い。
夜の一時間を削って朝の一時間を守るのは、安いものを手放して高いものを取る交換に近い。
僕はメリットがあるかどうかで動く方だけれど、この交換は損をしにくい部類だと思っている。
もちろん、夜にしかできない楽しみもある。
それを全部やめる必要はなくて、終わりの時刻の内側に収めればいいだけだ。
終わりを決めると、夜の楽しみが濃くなる
夜の終わりを決めると、楽しみが減るように感じるかもしれない。
でも実際には、逆のことが起きやすい気がする。
終わりが見えている時間は、何に使うかを自分で選ぶようになる。
見たかった一本を最初に見る。
読みたかった章を先に読む。
優先順位をつけるだけで、同じ一時間の満足度はかなり変わる。
終わりがない夜は、どれも中途半端なまま朝になりがちだ。
区切られた夜の方が、楽しんだ実感が残りやすいと思う。
旅行の最終日が妙に濃く感じるのと、少し似ているのかもしれない。
守れない日があっても、基準は残しておく
決めた時刻を、毎日きっちり守れるわけではない。
人との約束が延びる日もあるし、どうしても片付けたい作業が残る日もある。
そういう日に、基準ごと捨ててしまうのはもったいない。
守れなかった日は、何分遅れたかだけ見ておけばいいと思う。
基準があるから、遅れたことに気づける。
気づければ、翌日に少し戻すこともできる。
完璧に守ることより、戻る場所があることの方が大事な気がする。
夜の終わりを決めるのは、自分を縛るためではなく、明日の自分に余白を渡すためだ。
そう考えると、時刻を決めることは、我慢というより投資に近い。
今夜の一歩
今夜のうちに、スマホのアラームを一つ開いて、「画面を閉じる時刻」を一つだけ設定してみる。
明日起きたい時刻から睡眠時間を引いて、その三十分前くらいにしておくといいと思う。
かかる時間は1分くらいで十分だ。
時刻を決めきれない日は、今夜だけ「いつもより十五分早く」にしておけばいい。
――一ノ瀬 雅


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