人の話は、最後まで聞いてから返す

人の話は、最後まで聞いてから返す コラム

人の話を聞いている途中で、もう返す言葉を考えている。

そういう瞬間が、僕にはけっこうある。

相手が三文目くらいを話しているあたりで、頭の中ではすでに「それならこうすればいい」という答えができあがっている。

効率がいいようで、実はいちばん時間を無駄にしているやり方なんじゃないかと、最近は思うようになった。

早く答えを返せば、相手の時間も自分の時間も節約できる。

以前の僕は、わりと本気でそう考えていた。

でも振り返ってみると、早く返したはずの会話ほど、なぜか長引いていた気がする。

今日は、人の話を最後まで聞いてから返す、ということについて考えてみたい。

途中で返すと、話が二周する

話の途中で口をはさむと、たいていの場合、話はもう一度最初から始まる。

「いや、そうじゃなくて」と相手が言い直し、僕が返した答えは宙に浮く。

結局、最後まで聞いていれば一回で済んだはずの会話が、二周、三周と長くなっていく。

先回りして答えを出したつもりが、相手の言いたいことを取りこぼしているから、そうなるのだと思う。

時間にうるさい僕からすると、これはかなり割に合わない。

数十秒の我慢を惜しんだせいで、数分を払い直しているわけだ。

最後まで聞くというのは、礼儀の話である前に、単純にコストの話なんじゃないかという気がしている。

相手が欲しいのは、答えとは限らない

もう一つ、途中で返すと見落としやすいことがある。

相手が話している理由は、答えを求めているからとは限らない、ということだ。

ただ整理したいだけのこともあるし、聞いてもらえたという感覚が欲しいだけのこともある。

話しているうちに、本人が自分で結論にたどり着くこともけっこう多い。

そこに僕が「こうすればいい」と差し出しても、相手にとっては頼んでいない荷物を渡されたような感覚になるのかもしれない。

正しい答えでも、受け取る準備ができていないところに置かれると、ただの雑音になる。

だから最後まで聞くことは、相手が何を欲しがっているのかを確かめる時間でもあるのだと思う。

答えを出すのは、それが分かってからでも遅くない。

聞き終わってから、一つだけ確認する

最後まで聞いたあと、僕がやってみるようにしているのは、すぐに意見を言う前に一つだけ確認を挟むことだ。

「つまり、こういうことで合ってる?」と、自分の理解を短く返してみる。

これをやると、思っていた以上に自分の受け取り方がずれていることに気づく。

相手が言いたかったのは問題そのものではなく、その問題に対する気持ちのほうだった、ということもよくある。

確認の一言は、数秒しかかからない。

それでいて、ずれたまま話が進むのを止めてくれる。

投資としては、かなり効率のいい数秒だと思う。

「何かアドバイスがほしい?それとも聞くだけでいい?」と率直に聞いてしまうのも、悪くない選択肢な気がする。

黙っている時間を、怖がらない

最後まで聞くのが難しい理由の一つは、沈黙が気まずいからだと思う。

相手が言葉を探して黙ったとき、つい何かを言って埋めたくなる。

でもその沈黙は、相手が考えている時間であることが多い。

そこで僕が口を開くと、相手が言おうとしていた言葉がどこかへ消えてしまう。

二、三秒黙って待ってみると、そのあとに出てくる言葉のほうが本音に近いことがある。

会話のなかの沈黙は、空白ではなく、まだ途中だという合図なのだと思う。

そう考えるようになってから、黙っている時間がそれほど居心地の悪いものではなくなった。

待つことにも、ちゃんと役割がある。

聞けていないときの、小さなサイン

とはいえ、自分が聞けていないことには、なかなか気づきにくい。

そこで僕は、いくつかの小さなサインを目安にしている。

一つ目は、相手の話の途中で「でも」「それより」と言いかけたときだ。

この言葉が出そうになるときは、だいたい相手の話ではなく、自分の話をしたくなっている。

二つ目は、相手が同じことを二回言ったとき。

同じ話が繰り返されるのは、一回目がちゃんと届いていないと相手が感じているからかもしれない。

三つ目は、会話が終わったあとに、相手が何に困っていたのかを一言で説明できないときだ。

話した時間は長かったのに中身が思い出せないなら、僕はたぶん、聞いているふりをしながら自分の返事ばかり考えていたのだと思う。

こういうサインに気づいたら、責めるのではなく、次の会話で少しだけ待つ時間を延ばしてみる。

それくらいの軽さで直していくのが、続けるためにはちょうどいい気がする。

聞くことは才能というより、気づいたときに少しずつ調整していく習慣に近いものなのだと思う。

完璧に聞ける人を目指すより、聞けていない自分に早めに気づける人でいるほうが、ずっと現実的だ。

聞く力は、信用として貯まっていく

最後まで聞いてもらえた相手は、たぶんそのことを覚えている。

話の中身は忘れても、「この人はちゃんと聞いてくれた」という感覚は残る。

それは少しずつ、信用として貯まっていくものなんじゃないかと思う。

次に何かを相談したいとき、頼みたいとき、真っ先に思い出してもらえるのは、うまい答えを返す人より、最後まで聞いてくれる人のような気がする。

僕は人間関係も、時間やお金と同じように、何に投資するかで結果が変わるものだと考えている。

最後まで聞くことは、お金も道具もいらない、いちばん手軽な投資の一つなのかもしれない。

もちろん、毎回うまくできるわけではない。

今でも気づけば頭の中で返事を組み立てているし、途中で口をはさんでしまうこともある。

それでも、話の途中で答えが浮かんだら、それを一度ポケットにしまっておく。

相手が話し終えるまで待って、本当に必要そうなら取り出せばいい。

今日誰かと話すときに、その一つだけを意識してみるのも悪くないと思う。

――一ノ瀬 雅

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