会った回数より、帰り道の気分
人付き合いを見直すとき、僕は会った回数を数えないことにしている。
代わりに見るのは、会ったあとの帰り道の気分だ。
楽しかったはずなのに、なぜかどっと疲れている。
そういう日が続くなら、その関係は少し無理をしているのかもしれない。
逆に、特別なことは何もしていないのに、帰り道が軽い相手もいる。
僕にとっては、そちらの方がずっと大事な相手だと思う。
疲れ方には、理由がある
疲れる原因は、相手が悪いからとは限らない。
話題に合わせて、自分の本音を引っ込めていた。
場の空気を読んで、笑うタイミングを探していた。
そんな小さな我慢が積み重なると、人は意外と消耗する。
僕は以前、誘われた集まりにとりあえず顔を出していた。
断る理由を考えるより、行ってしまう方が楽だったからだ。
けれど数年たって振り返ると、あの時間に得たものは、ほとんど思い出せなかった。
時間もお金も使ったのに、残ったのは疲れだけという計算になる。
合理的に考えれば、これはあまり割のいい取引ではない。
帰り道メモという小さな習慣
そこで僕は、会ったあとの気分を一言だけメモすることにした。
「軽い」「普通」「重い」くらいの、ざっくりした三段階で十分だ。
続けてみると、傾向がはっきり見えてくる。
人数が多いほど重くなる集まりがあった。
逆に、二人でコーヒーを飲むだけの時間は、ほとんど軽かった。
数字にしなくても、自分の感覚は意外と正直だと気づく。
あとは、そのメモを眺めて、次の予定を決めればいい。
重い日が続く集まりは、頻度を少し落としてみるのも悪くない。
やめるのではなく、減らすだけでも気持ちはだいぶ違う。
減らした分は、自分に使う
人付き合いを減らすと、冷たい人間になる気がして不安になる。
でも、空いた時間を自分の回復に使えば、結果として人に優しくなれると思う。
余裕のない状態で会うより、余裕のある状態で会う方が、相手にとっても心地いいはずだ。
これは遠慮ではなく、お互いのための調整だと考えている。
僕は空いた夜に、好きな音楽を流しながら、ゆっくり湯船につかるようになった。
それだけで、翌日の気分がずいぶん違う。
大げさな自己改善ではなく、ささやかな回復の積み重ねだ。
そういう時間が増えると、会いたい人に会うときの気持ちも、自然と前向きになる。
まとめ
人付き合いの良し悪しは、回数や長さでは測れない。
会ったあとの帰り道の気分を、まず観察してみる。
軽い関係は大切にして、重い関係は距離を調整する。
その繰り返しが、時間の使い方を少しずつ整えてくれる気がする。
今日の帰り道が軽かったなら、その人との時間をもう少し増やしてみるのも悪くない。
重かったなら、次の予定を一度立ち止まって考えてみてもいいと思う。
自分の感覚を信じることは、わがままではなく、ひとつの賢い選択だと僕は思っている。
――一ノ瀬 雅


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