詳しい人に聞くことを、ためらわない

詳しい人に聞くことを、ためらわない コラム

分からないことがあると、とりあえず自分で調べる。

それ自体は、悪い習慣じゃないと思う。

ただ、調べ始めて一時間経っても答えにたどり着かないとき、僕は少し立ち止まるようにしている。

この一時間は、本当に自分で使うべき時間だったのか、と。

「自分で調べる」は、タダではない

人に聞かずに自分で調べると、なんとなくお金も手間もかかっていないような気がする。

でも実際には、時間という一番取り返しのきかないものを払っている。

しかも、ネットで拾った情報が正しいかどうかを判断するのにも、また別の時間がかかる。

詳しい人に五分聞けば済むことを、三時間かけて遠回りする。

それは節約ではなく、ただの高い買い物なんじゃないかと思う。

もちろん、自分で手を動かして覚えることに意味がある場面もある。

ただ、それが「学びたいから」なのか「聞くのが気まずいから」なのかは、一度分けて考えてみてもいい気がする。

ためらいの正体は、たいてい小さなプライド

人に聞くのをためらう理由を分解すると、だいたい二つに落ち着く。

一つは、こんなことも知らないのかと思われたくないという気持ち。

もう一つは、相手の時間を奪うのが申し訳ないという気持ちだ。

前者については、正直あまり気にしなくていいと僕は思っている。

知らないことを知らないと言える人のほうが、結果的に信頼されやすい気がするからだ。

分かったふりをして後から大きく間違えるほうが、よほど相手の時間を奪ってしまう。

後者の気持ちは、大切にしていいものだと思う。

だからこそ、聞き方を工夫すればいい。

聞く前に、少しだけ準備をする

僕が意識しているのは、質問を短くまとめてから聞くことだ。

何が分からないのか、どこまでは自分で確かめたのか、何を決めたいのか。

この三つを整理してから聞くと、相手の負担はかなり小さくなる。

丸投げではなく、判断材料を一緒に見てもらう感覚に近い。

そして、聞いたあとにはきちんとお礼を伝える。

内容によっては、食事をごちそうするとか、専門家なら正規の料金を払うとか、対価の形にするのも悪くない。

お金で解決するのは冷たいと感じる人もいるかもしれない。

でも僕は、相手の知識や経験に値段をつけて払うことは、むしろ敬意の表し方の一つだと思っている。

聞ける人がいることは、それ自体が資産

困ったときに、この分野ならあの人に聞こう、と思い浮かぶ相手が何人かいる。

それは預金残高とは別の意味で、かなり心強いことだと思う。

そういう関係は、一度きりのやり取りでは育たない。

聞いたら返す、教わったら結果を報告する、自分が詳しい分野では逆に力になる。

そういう小さな往復の積み重ねで、少しずつ形になっていくものだと思う。

だから、聞くことをためらって一人で抱え込むのは、時間だけでなく関係を育てる機会も逃しているのかもしれない。

一人で悩む時間に、上限を決める

最近の僕のやり方は、とてもシンプルだ。

自分で調べるのは、三十分までと決めておく。

それで見通しが立たなければ、詳しい人に聞くか、お金を払って専門家に頼る。

こうしておくと、迷っている時間そのものがだいぶ減る。

浮いた時間は、自分にしかできないことや、本当に自分で考えたいことに回せる。

全部を一人でこなせる人は、たぶんいない。

だったら、何を自分でやって、何を人に頼るかを選ぶことのほうが大事なんじゃないかと思う。

分からないことに出会ったら、まず「これは誰に聞けば早いだろう」と考えてみる。

それだけで、一日の使い方は少し変わる気がする。

――一ノ瀬 雅

コメント

タイトルとURLをコピーしました