買ったものを、使った回数で割ってみる

買ったものを、使った回数で割ってみる コラム

買い物のあとに、一度だけ「使った回数」で値段を割ってみることがある。

先に言っておくと、これは節約術というより、僕なりの納得の仕方だ。

値札より、一回あたりの値段

三千円のものを一回しか使わなければ、一回あたりは三千円になる。

一万円のものでも、百回使えば一回あたりは百円だ。

こう並べると、高い安いの感覚が少しずれてくる。

値札だけを見ていると、安いものを選んだ自分を褒めたくなる。

でも棚の奥で眠っているなら、それは一番高い買い物だったのかもしれない。

僕は以前、セールで買った服をほとんど着ないまま手放したことがある。

そのとき初めて、得をした気分と実際の得は別物なんだと気づいた。

数えるのは、お金だけじゃない

この考え方は、時間にも当てはめられる気がしている。

一本の動画に三十分かけたとして、その三十分が次の日も頭に残っているか。

残っているなら、その時間はたぶん安かった。

何も残らないなら、少し高くついたことになる。

もちろん、何も残らない時間にも休息としての価値はある。

ただ、それを自覚して使うのと、気づかないまま流れていくのとでは、後味が違うと思う。

やってみるなら、ひとつだけ

難しい計算をする必要はない。

最近買ったものをひとつ選んで、これまでに何回使ったかを思い出してみるだけでいい。

回数が多ければ、その買い物は上出来だったと胸を張ってよさそうだ。

少なければ、今日から使う場面を一つ増やしてみる手もある。

それでも使わないと分かったなら、譲るか手放すかを考えるのも悪くない。

手放すことは、失敗を認めることではなく、次の選び方を磨くことだと思う。

次に何かを買うときは、買う前にこう聞いてみるといい気がする。

「これは、何回使うだろう」と。

答えが三回以下なら、少し立ち止まってみる価値がありそうだ。

逆に毎日触れるものなら、多少高くても、結果的には安く済むことが多い。

メリットがあるかどうかで動く僕にとって、これはいちばん使いやすい物差しになっている。

冷たい計算に見えるかもしれないけれど、実際は自分の暮らしを大事にするための確認作業だ。

よく使うものに囲まれた部屋は、不思議と落ち着く。

そんな小さな実感を、これからも少しずつ増やしていけたらと思っている。

――一ノ瀬 雅

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