自分の機嫌を、人に預けない

自分の機嫌を、人に預けない コラム

機嫌のいい日と、そうでない日がある。

それ自体は、誰にでもある普通のことだと思う。

ただ、その機嫌のスイッチを誰が握っているのかは、一度考えてみる価値がある気がする。

返信が遅い、店員の対応がそっけない、電車が遅れる。

そういう小さな出来事ひとつで一日の気分が決まってしまうなら、それは自分の機嫌を他人に預けているのと同じだ。

今日は、自分の機嫌を人に預けないという話をしてみたい。

機嫌は、意外と高くつく

機嫌が悪いとき、人はだいたい判断が雑になる。

メールの文面が少しだけ刺々しくなったり、断らなくていい誘いを断ったり、逆に引き受けなくていい仕事を勢いで引き受けたりする。

どれも、その場では小さなことだ。

でも、あとから取り返すのにかかる時間を考えると、意外と高くつく。

謝る時間、言い直す時間、関係を元に戻す時間。

僕はそういうコストを考えるようになってから、機嫌を「気分の問題」ではなく「損得の問題」として見るようになった。

機嫌がいいことは、性格の良さというより、余計な出費を減らすための仕組みに近いのかもしれない。

そう考えると、機嫌を整えることに少し手間をかけるのは、悪くない投資だと思う。

お金の無駄遣いには敏感なのに、機嫌の無駄遣いには鈍感な人は少なくない。

数千円の出費は気にしても、半日ぶんの不機嫌が奪っていく時間や集中力は、家計簿のどこにも載らないからだ。

見えないぶん、気づいたときには、思っていたより大きな額になっていることもある。

他人に預けると、取り戻すのに時間がかかる

自分の機嫌を他人に預けてしまう一番の問題は、取り戻すタイミングを自分で選べないことだ。

相手が謝ってくれるまで、相手が返信をくれるまで、相手の態度が変わるまで、こちらの気分は宙に浮いたままになる。

相手にその気がなければ、それは何時間でも、何日でも続く。

しかも相手のほうは、こちらがそんな状態でいることにまったく気づいていないことも多い。

自分だけが時間を失い、相手は何も失っていない。

合理的に考えると、これはかなり分の悪い取引だ。

だから僕は、腹が立ったときほど「この気分を解決できるのは誰か」を一度だけ考えるようにしている。

相手にしか解決できないなら、話し合うか、距離を取るかを決める。

自分で解決できるなら、さっさと自分で片付ける。

どちらにしても、相手の出方をただ待つという選択肢は、なるべく選ばないほうがいい気がする。

もうひとつ、SNSも機嫌を預けやすい場所だと思う。

知らない誰かの強い言葉や、どこかの言い争いを眺めているうちに、自分とは関係のない話で気分が沈んでいく。

読むかどうかは自分で選べるのだから、気分が削られると感じたら、そっと画面を閉じるのもひとつの手だ。

自分で機嫌を取る、小さな方法を持っておく

機嫌を自分で取るといっても、大げさなことをする必要はないと思う。

温かい飲み物を一杯淹れる、少しだけ外を歩く、部屋の窓を開ける、好きな音楽を一曲だけ聴く。

そういう、五分以内で終わる小さな方法をいくつか持っておくと、気分を切り替えるきっかけになる。

大事なのは、それが他人の協力なしで、いつでもできることだ。

誰かに話を聞いてもらうのも悪くないけれど、相手の都合に左右されるぶん、確実性は下がる。

自分ひとりで完結する手段を、最低でも二つか三つ持っておくと安心だと思う。

あとは、空腹と寝不足を甘く見ないことだ。

機嫌が悪い理由を人のせいにしかけたとき、実はただお腹が空いていただけ、ということは案外多い。

何かに腹を立てる前に、ちゃんと食べたか、ちゃんと眠ったかを確認してみるのも、悪くない順番だと思う。

体の調子と気分は、思っている以上に近いところでつながっている。

心の問題だと思って悩んでいたことが、一晩しっかり眠っただけで小さく見えることもある。

だから僕は、気分が沈んだときほど、考えるより先に体のほうを整えるようにしている。

機嫌がいい人のまわりには、いい話が集まる

機嫌を自分で管理することは、自分のためだけの話でもない。

機嫌が安定している人には、まわりが安心して話しかけられる。

相談しやすい、頼みごとをしやすい、ちょっとした情報を共有しやすい。

その積み重ねで、いい話や新しい機会は、そういう人のところに自然と集まっていく気がする。

反対に、機嫌が読めない人のまわりからは、少しずつ人が遠ざかる。

本人が悪い人かどうかとは関係なく、話しかけるたびに相手の顔色をうかがう必要があるからだ。

人の時間や気遣いを、知らないうちに余計に使わせてしまっている。

そう考えると、機嫌がいいことは、まわりの人の時間を守ることにもつながっていると思う。

自分の機嫌を自分で取るのは、ある意味では、いちばん手軽な気配りなのかもしれない。

高価な手土産や気の利いた言葉よりも、いつ会っても同じ温度で話せることのほうが、相手にとってはありがたい場合もある。

特別なことをしなくても、安定しているというだけで、人から信頼されやすくなる。

そういう意味でも、機嫌の管理は、時間をかけるだけの見返りがある習慣だと思う。

完璧に保たなくていい

とはいえ、いつでも機嫌よくいなければいけない、という話ではない。

人間なので、落ち込む日も、イライラする日もある。

それを無理に押し込めて、平気な顔をし続けるほうが、かえって消耗する気がする。

僕が意識しているのは、機嫌が悪いことを認めたうえで、それを長引かせないことだ。

今日はちょっと調子が悪いと自分で気づけたら、それだけで半分くらいは片付いていると思う。

あとは、大事な判断を少し後ろにずらしたり、人と会う予定を軽めにしたりして、被害を小さく抑えればいい。

機嫌をゼロにするのではなく、機嫌の波に振り回される時間を短くする。

そのくらいの温度感が、ちょうどいいのではないかと思う。

自分の機嫌の鍵は、自分のポケットに入れておく。

今日、少しでも気分を誰かに預けかけたら、その鍵を一度だけ取り戻してみるのも悪くない気がする。

今夜の一歩

今夜のうちに、寝る前の2分だけ使って、今日いちばん機嫌が揺れた場面をスマホのメモに一行で書き出してみる。

原因を探したり、反省したりしなくていい。

思い出せない日は、今日の機嫌を10点満点で一つ決めて、数字だけ書いて閉じれば十分だと思う。

――一ノ瀬 雅

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