夜になると、急に大きなことを決めたくなる日がある。
仕事を辞めようか、あの人に連絡を返すのをやめようか、思い切ってあれを買ってしまおうか。
昼間には浮かびもしなかった考えが、日付が変わる頃にはやけに正しく見えてくる。
僕はいつからか、そういう夜の結論をその場で実行しないことにしている。
大事な判断は、一度だけ朝に持ち越してみる。
今日はその話を少しだけ書いてみようと思う。
夜の頭は、だいたい疲れている
当たり前のことだけど、夜の自分は朝の自分よりも消耗している。
一日分の仕事をして、人と話して、細かい選択を何十回も繰り返したあとの頭だ。
その状態で出した結論が、いちばん冷静な結論だとは考えにくい。
疲れているときの頭は、手間のかからない答えに飛びつきやすい気がする。
「もう全部やめてしまえば楽になる」とか「今すぐ買えばこの気持ちが晴れる」とか。
どれも、その瞬間の重さを下ろすための答えであって、明日以降の自分のための答えではないことが多い。
僕はこれを、判断の質が悪いというより、判断に使える体力が残っていない状態だと捉えている。
体力が無いときに重い荷物を運ばないのと同じで、重い判断も体力のある時間に回したほうが割に合う。
それに、夜は周りが静かな分、自分の考えに反論してくれるものが少ない。
昼間なら誰かとの雑談や、窓の外の明るさが、ほどよく頭を冷ましてくれる。
夜はそれが無いまま、一つの考えだけがどんどん大きくなっていく。
暗い部屋でスマホの画面だけを見ていると、世界がその問題だけでできているように錯覚してしまう。
その錯覚の中で決めたことを、明るい朝の自分がそのまま引き受けるのは、少し酷な話だと思う。
夜に決めたことの、だいたいの行方
振り返ってみると、夜に勢いで決めたことはあまり長続きしていない。
深夜に申し込んだ習い事は、最初の一回で行かなくなった。
夜中に長文で書いた返信は、朝読み返すと送らなくてよかったと思うものばかりだった。
カートに入れたまま寝た服は、翌朝には三割くらいの確率で要らなくなっている。
もちろん、夜に思いついたことが全部間違っているわけではない。
実際、夜にしか出てこない本音のようなものもあると思う。
ただ、本音であることと、今すぐ実行すべきことは別の話だ。
本音なら、一晩寝かせても消えないはずだと僕は考えている。
朝になっても同じことを思うなら、それはたぶん本当に考える価値のある話だ。
朝になって薄れているなら、それは疲れが言わせていただけなのかもしれない。
一晩という時間は、その二つを見分けるのにちょうどいいふるいになる。
持ち越すときは、書いて手放す
とはいえ、「朝に考えよう」と思うだけでは、頭の中でぐるぐる回り続けてしまう。
眠れないまま同じことを考えていたら、結局夜に判断しているのと変わらない。
だから僕は、持ち越すと決めたことをメモに一行だけ書いておく。
「転職について考える」「あの連絡にどう返すか決める」くらいの短さでいい。
書いた時点で、その件はいったん自分の手から離れる感覚がある。
忘れてもメモが覚えていてくれるから、頭が手放してもいいと判断してくれるのだと思う。
そして、朝のコーヒーを飲みながらそのメモを開く。
夜にはあれほど重たかった一行が、意外とあっさり読めることに少し驚く。
そこから落ち着いて、メリットとデメリットを並べて考えればいい。
朝の頭は、選択肢を比べる余裕が夜よりずっと残っている気がする。
同じ問題でも、考える時間帯を変えるだけで、出てくる答えの質が変わる。
時間を少し使う代わりに、後悔を一つ減らせるなら、それは悪くない取引だと思う。
急ぎの判断との付き合い方
もちろん、全部を朝まで待てるわけではない。
今夜中に返事が必要な連絡もあるし、締め切りが今日の仕事もある。
そういうときは、決める範囲を小さくするようにしている。
たとえば、大きな約束をする代わりに「明日の昼までに返します」とだけ返す。
全部を決めずに、決める時刻だけを先に決めてしまうやり方だ。
相手にとっても、曖昧に待たされるより、返事が来る時刻が分かっているほうが助かることが多い。
それから、夜に決めるなら、取り消しのきく選択を選ぶようにしている。
キャンセルできる予約、返品できる買い物、あとで書き直せる下書き。
戻れる道を一本残しておけば、夜の判断が多少ずれていても、朝に修正が効く。
取り返しのつかないことほど、明るい時間に決めたほうがいいのかもしれない。
逆に言えば、夜にやっていいのは、間違えても小さく済むことだけだと僕は割り切っている。
明日着る服を選ぶとか、朝ごはんを何にするか決めておくとか、そのくらいの判断なら夜でも問題ない。
むしろ小さな判断を夜に済ませておくと、朝の頭を大きな判断のために空けておける。
どの判断をどの時間帯に置くかを考えるだけで、一日の使い方はかなり変わる気がする。
朝の自分を、少しだけ信用してみる
この習慣を続けていて思うのは、朝の自分は夜の自分が思っているより頼りになるということだ。
夜の自分は、自分しかこの問題を解決できないような顔をしがちだ。
でも実際には、数時間後にもう少し元気な自分がちゃんと来てくれる。
その自分に仕事を渡すのは、逃げではなく役割分担だと僕は考えている。
夜の自分の役目は、問題に気づいて一行書き残すところまで。
朝の自分の役目は、それを落ち着いて比べて決めるところまで。
そう分けてしまうと、夜はただ眠ることに集中できるようになった。
眠れた分だけ朝の判断も良くなるから、この順番は意外とよく回る。
もし今夜、何か大きなことを決めたくなったら、一度だけ朝に持ち越してみるのも悪くないと思う。
メモに一行書いて、灯りを消して、続きは明日の自分に任せてみる。
朝になっても同じ気持ちなら、そのときは迷わず動けばいい気がする。
――一ノ瀬 雅


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