通知を、受け取る側から選ぶ

通知を、受け取る側から選ぶ コラム

スマホの通知を、いつの間にか全部オンにしていた。

入れた覚えのないアプリまで、日に何度も画面を光らせる。

ある日、その回数を数えてみた。

午前中だけで二十件を超えていて、少し笑ってしまった。

通知は、他人の都合で鳴っている

通知というのは、送る側の都合で鳴る仕組みだ。

セールの案内も、新着のお知らせも、向こうが「見てほしい」と思ったから届く。

こちらが「今、見たい」と思ったわけではない。

この順番の違いに気づいてから、僕は自分の時間の主導権について考えるようになった。

音が鳴るたびに手を止める。

戻ってきても、さっきまでの集中は半分くらい消えている。

その小さな損が、一日に何十回も積み重なる。

時間を大事にしたいと言いながら、細かく切り売りしていたのは僕自身だった。

まず、半分以上を切ってみる

やったことは単純で、通知の設定を一つずつ見直しただけだ。

残す基準は、「鳴らなかったら困るかどうか」の一点にした。

家族や仕事の連絡は、困る。

配送の通知も、受け取りに関わるので残す。

それ以外のゲームやショッピング、ニュースの速報は、ほとんど切った。

切ってみて分かったのは、困ることがほぼ起きなかった、ということだ。

見たくなったら、自分でアプリを開けばいい。

それだけの話だった。

見るタイミングを、自分で決める

通知を減らすと、情報は自分から取りに行く形に変わる。

僕は昼と夜に、まとめて確認する時間を決めた。

そうすると、見ている間は集中して見られる。

見ていない間は、目の前のことに集中できる。

切り替えの回数が減るだけで、頭の疲れ方がずいぶん違う気がする。

もちろん、緊急の連絡を取りこぼす不安はゼロではない。

だから連絡手段だけは、鳴らす設定のまま残している。

全部を切るのではなく、鳴らす理由があるものだけを選ぶ。

この線引きが、続けやすさにつながっていると思う。

静かな時間は、あとから効いてくる

設定を変えた直後は、少し物足りなかった。

画面が光らないと、何かを見逃している気分になる。

けれど数日たつと、その感覚は薄れていった。

代わりに、本を数ページ読む余裕や、ぼんやり考える時間が戻ってきた。

時間やお金は、増やすより先に、漏れている場所をふさぐほうが早い。

通知は、その漏れ口のひとつだったのだと思う。

もし最近、スマホに振り回されている感じがあるなら、一度だけ設定画面を開いてみるのも悪くない。

十分もあれば終わるし、合わなければ元に戻せばいい。

鳴らすかどうかを決める権利は、受け取る側にある。

その当たり前を、僕は少し遅れて思い出した。

――一ノ瀬 雅

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